半世紀以上にわたり、都議会公明党は「東京改革」の原動力となり、都民のための政治を推進してきました。その原点となる闘いを紹介します。(イラスト・D―TARO)

立党精神を胸に刻み、都民のための政治実現

「大衆とともに」の立党精神のままに、常に現場に足を運び、一人一人の声に耳を傾けてきたのが都議会公明党です。そして、「都民のために何をなすべきか」との視点から、都政に対する責任を果たしてきました。

公明党が、初めて都議会で議席を獲得したのは1955年です(当時は無所属)。63年には公明政治連盟(公政連)として本格的に都議選に挑み、17人の議員が誕生。果敢に改革に乗り出します。

65年には都議会議長選にからむ贈収賄事件を受け、「都政を都民の手に」とリコール(解散)署名運動を展開し、議会を解散に追い込みました。その後の出直し選挙では、都民の大きな支持を得て、23人全員が当選を果たし、「清潔な政治」が大きく前進したのです。

東京都議選の勝利を誓い合った党全国県代表協議会(4月8日、党本部)

この選挙以来、都議会公明党が合意形成の中心軸となって都政を安定させ、全国をリードする“東京発”の政策を次々と実現してきました。

その一つが児童手当の創設です。公明党の粘り強い交渉によって、都が国に先駆けて独自の児童手当をスタート。都が導入したことで、他の自治体にも急速に広まり、国の制度へと発展したのです。

また、公害や福祉の現場など、都民の生活に直結した課題に対し、徹底した総点検運動も展開しました。公明党の「調査なくして発言なし」の伝統は、こうした都議会公明党の「現場第一主義」から培われたものと言えます。

昨年秋に掲げた「3つの挑戦」も都議会公明党の力が遺憾なく発揮され、実現に導くことができたのです。

 

公明新聞:2017年4月28日付